日々のいろんなことをあれこれ。
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ネタバレはしてないと思うんだけど…気になる方は閲覧をお控え下さい。
レニ&織姫 with かえでさん という感じ。
読まれる方は、続きからどうぞ↓
花と星と
銀座の駅のホームに到着した汽車から、軽やかな足取りで真紅のドレスを着た女性が降り立った。
大きな荷物を一旦置き、長旅の疲れを飛ばすかのように大きく伸びをする。
それに続き、トランクを片手に持った少女が汽車を降りた。
「織姫、早く戻ろう」
「あーん、ちょっち待ってくださいレニー!」
立ち止まることなく横を素通りしようとする少女に、女性は口を尖らせて抗議する。
腕を引っ張られた少女の顔には無表情の中に呆れが滲み出ていて、仕方なさそうに女性の隣で立ち止まった。
表情を変えることもなく、少女はただ事実を述べる口調で口を開く。
「予定より遅く紐育を出発した上に、天候の影響でさらに遅くなった。みんな心配するよ」
「そうですけどー、かえでさんたちにはちゃーんと連絡したじゃないですか!」
女性より幼いはずの少女の方がしっかりして見えるのは、事実そのとおりだからなのだろう。
道行く人は何事かとふたりを振り返り、それが誰なのか分かると妙に納得した表情で遠巻きにやりとりを見つめている。
マイペースで天真爛漫な姉と、それを窘める真面目な妹。
そんな姉妹のようも見えるこのふたりは、銀座・大帝国劇場の女優――ソレッタ・織姫とレニ・ミルヒシュトラーセだ。
彼女たちは舞台の世界を広げる研修という名目で、紐育の旅行から帰って来たばかりだった。
…心に、新しい輝きを持って。
「でも、早く帰って来いって言われた」
「ここから帝劇までなら急いだって仕方ないでーす」
確かに駅から劇場まではそう距離もなく、急いだところで5分程度しか変わらないだろう。
それでも不満そうにレニがもう一度口を開こうとした途端、後ろから声を掛けられた。
「レニ、織姫」
聞きなれた声に振り返ると、駅の入り口からこちらに向かってくる女性の姿がみえる。
白いセットアップのスカートを夏の爽やかな風に靡かせて歩いてくるのはかえでだった。
ふたりと目が合うと、にっこりと微笑んで軽く手を振る。
「…ただいま」
「ただいまでーす」
ふたりの口から、不思議なほどに自然とそう言葉が出ていた。
「おかえりなさい、ふたりとも」
それに答えるように、かえでも笑顔で言葉を返す。
出発前と同じようで全く違う、ふたりの表情を見てかえでは目を細める。
「…いい、旅行だったみたいね」
「…うん」
「そうですねー」
言葉少なく、ただそれだけ彼女たちは答えた。
それ以上聞こうともせず、かえでもただ頷くだけだ。
それだけで、十分だった。
「…ところで、かえでさんはどうしてここに?」
地理に疎い紐育ならともかく、帝都…しかも銀座の駅から劇場まで迎えが必要なほどふたりは方向音痴ではない。
レニの真っ当な問いかけに、そうだった、と思い出したようにかえでは手を打つ。
「大帝国劇場きっての大女優のお出迎え…と、言いたいところなんだけど」
そこで一旦言葉を区切り、かえではふたりの前に指を二本立ててみせた。
「いい知らせと悪い知らせがひとつずつあるの。どっちから聞きたい?」
「それはモチロン、グッドニュースの方がいいに決まってまーす」
考える間もなく、織姫が即答した。
その答えはかえでの予想通りだったようで、彼女は頷いてふたりを見やり言葉を続ける。
「いい知らせはね、次回公演の主役はあなたたちに決まったのよ」
「本当?」
「当然でーす!」
織姫は自信満々に胸を張り、ワタシがセンターに立たなかったら誰が立つんだなどと自身を絶賛している。
織姫ほどではないが、レニも驚きと嬉しさが混じった声をあげた。
「話は最後まで聞きなさい、まだもうひとつ残っているでしょう?」
2本立っていたかえでの指が1本に減る。
残ったのは、『悪い知らせ』がひとつ。
「じゃあ、悪い知らせって?」
あまり聞きたくはなさそうに、渋々織姫は『悪い知らせ』を問いかける。
かえでは表情を変えることなく、笑顔のままそれに答えた。
「あなたたちが紐育の滞在予定を大幅にオーバーするものだから、みんなが怒って主役を交代させられちゃうかもしれないのよ」
「えぇ!?」
「主役がいないとお稽古もままならないしね。さ、主役を演じたいのなら早く劇場に戻ってみんなの怒りを鎮めて頂戴」
かえでの言葉が終わるか終わらないかという間合いで織姫は地面に置いたままだった荷物を勢いよく抱えた。
そしてそのまま、劇場へ向けて歩き始める。
歩く、というよりもそれは最早競歩に近いスピードだった。
「主役の座はゼッッッッタイ譲りませーん!!」
遠く消えていく叫びを残し、織姫の姿はあっという間に見えなくなった。
それを呆然として見送り、残されたレニとかえでは目を瞬かせる。
「…ボクも戻るね」
やがて、我に返ったようにレニもトランクを手に取った。
劇場に向かって2・3歩歩き出すが、何かを思い出したようにレニは立ち止まってかえでに向き直る。
「かえでさん」
「何?」
「…ひとりじゃないって、すごく幸せなことなんだね」
それだけ言い残して、レニは再び歩き出す。
…織姫を追うように、少しだけ早足で。
(…ふふ、)
徐々に小さくなる背中を見送り、かえでは口元に微かに笑みを零した。
ふたりを紐育に行かせるのが吉と出るか凶と出るか、全く分からなかった。
欧州星組のメンバーとの再会。
ラチェットは以前花組に配属されていた時期もあったが、あのときの彼女は以前と変わっていなかった。
今回の再会は、過去との決別になってしまうのではないかと心配していたのだ。
しかし、それは自分の杞憂に終わったようだ。
レニも織姫も昔とは違う。
だが、それはきっと彼女たちも同じだったのだろう。
(ラチェット…昴…)
今は紐育にいる、ふたつの星の姿を思い浮かべる。
一度は砕け、散り散りになった星々は新たな場所を見つけた。
ふたつの星は、紐育の星へ。
ふたつの星は、帝都の花へと――。
久しぶりの再会はきっと、とてもいいものだったに違いない。
「…さて、私も帰ろうかしら」
あの子たちはきっと、もっと素晴らしい舞台を見せてくれる――…。
根拠はどこにもないが、そんな確信を胸にかえでも劇場へと足を向かわせた。
END
どうしても書きたくなった妄想その1。
勢いで書いてとりあえず満足。
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